どうしても男の子が欲しくてあらゆる産み分けに奔走したっけ。
持病のバセドウ病のせいで妊活にストップがかかったときはすごく辛かったな。
妊娠検査薬に濃い陽性のラインが浮き出てきたときは嬉しくて思わず涙が止まらなかったんだよね。
たくさんのエピソードと想いが重なるように息子も健康にすくすく育ちました。
娘たちのお誕生日も毎年やってきてるけど、
やはり、どの誕生日を振り返っても生誕1歳は特別な気持ちになります。
1歳になる息子ができるようになったこと
・家族の顔が分かる・人見知りもする
・歯は前歯四本
・指さしが得意
・マンマ、ママ、パパと言える
・ほっぺに手をあてておいしいのポーズ
・寝返り→はいはい→1人歩き
・後追い
・うんちはすでに子ども寸(固形)
・「わぁお!」(Eテレ)が踊れる
初めて声を出して笑ったときは思わず仕事中のパパに電話をしちゃいました。
寝返りがまだだとか、肌荒れがどうだとか、この子の全てが楽しみで不安でもありました。
生まれてきたばかりのときはガラス細工のように脆く、か弱く非力な存在だったこの子がたった一年で沢山のことをこなすようになりました。
今では、わたしのおっぱいを給水所代わりに
すたこらさっさと自分の思うがままに歩き出します。
ふやけた身体、甘い匂い、タオルにぐるぐるに巻かれてちょこんと飛び出る小さな顔
息子が産まれてきたあの日にもう戻ることはできません。
たった1年で本当にたくさん成長したから、
ママはちょっぴり寂しく思います。
ママが1年我が子にしてあげたこと
・授乳する・離乳食を作る
・お風呂にいれる
・おしりを洗う
・顔を見て一方的に話しかける
・寝る前に歌を歌う
・お散歩やドライブに連れていく
列挙してみると実は大したことしていないのかもしれない。
だけど、そんな簡単にも思えるようなことの全てが本当に辛くて苦しいときもありました。
おっぱいが全然出なくてどんどん息子の体重が減ったときに感じた敗北感や申し訳の無さは今でも忘れないし、24時間体制で赤ちゃんと過ごす時間はあっという間なのに何の充実感もありませんでした。
深夜の抱っこ、深夜のドライブ、深夜の子守歌
夜泣きに付き合うわたしの心は息子と一緒に居るはずなのに孤独だったのです。
単純で大したことのない時間をただ積み重ねてきただけ。
ですが、その経験が今のわたしの在り方を作り始めてきています。
苦痛のおっぱいマッサージの末でてきた一滴の母乳の価値を知っています。
一瞬一秒も見逃したくない、子の成長を待ちわびることで時間の尊さを知りました。
夜泣きや謎の愚図り、ちょっとした体調の変化や、体質による肌荒れやアレルギー、
たくさん泣いて苦しんで、心配して悩んだから我が子に対する愛情と絆は深まりました。
か弱く儚い存在の息子、出来損ないのわたし
2人で過ごす変哲もない時間が今となっては懐かしい
たった一年だけだけど、
わたしも息子も大きく成長したのです。
まとめ
2010年に長女を出産してからなんだかんだで母歴は6年目とても不思議なことに
ある程度の経験値やハウツーを分かっているはずなのに同じことで悩んだり同じことで喜ぶのです。
子どもが1歳を迎えて思うこと
子の成長はなんでもない瞬間の積み重ね
大したことのない瞬間の積み重ねこそが子育ての真髄で母としての自信と強みに変わります。
苦労しよう、泣いてみよう、
時間がない、子育てが辛いと迷走しよう
その瞬間を重ねて子は育ち、母は母になるのです。